一人暮ブログ

Twitterの延長.エモかった事とか書きたいだけです.

人の間

 気付けば島根で一人暮らしを始めて2年が経った。

 島根に来た当時、1回くらい栄養失調か睡眠不足でぶっ倒れると思ってたけど、そんなことも無く初めての一人暮らしが終わろうとしてる。変わったことはまぁ色々あるけど、大きいのはやっぱ人と頻繁に接さなくなった事だと思う。

 実家にいた頃は学校に行けば友達がいたし、長期休暇どんなに引きこもっても家には家族がいた。自分以外の人と1回も喋らない日なんてなかったと思う。

 島根の生活は人と1回も喋らない日なんてザラで、むしろそれが日常。特にここ1年は研究室で一言も喋らないマネキンと化してたから1週間1回くらい編入生のTくんと散歩する以外で基本的に人と喋らなかったな。レジもセルフレジ使ってたし。

 でもこれが不思議なもんで、人とあんまり接さなくなった今になって、周りに色んな人を感じるようになった。毎日のように顔合わせてた友達も家族も当時以上に近くに感じて、「あぁ俺の周りにはこの人達がいるんだなぁ」ってなる。皆がいるから1人でも大丈夫とかそういう話じゃなくて、ただそう感じるだけ。

 そういう意味ではあの頃の方がよっぽど"一人暮らし"してたなぁ。

 そういう意味では、今の方がよっぽど皆と過ごしてるよなぁ。

 

 "人"を近くに感じるのは島根で新しく出会った人達に対しても同じで、島根に来て、何人かの俺の人生における重要人物と呼ぶべき人達と出会ったり別れたりした。楽しかった記憶も沢山あるし、あの人には嫌われたなーとか、あの人を傷つけちゃったなとか、未だ笑って話せない記憶もある。でもどれも大切な思い出。

 その人達を重要人物と言えるのは、そう言えるくらいに俺が周りに目を向け始めたからだとも思う。今までもきっとそういう出会いはいっぱいあって、周りをもっとちゃんと見てればそれに気付けたんだろうなぁ。もう過ごす事は無いけれど、BUMP OF CHICKENリスナーらしく、その人達との日々にR.I.P。

 

 人と"近く"関わろうとすると本当に色んなことがある。今まで味わった事がないくらい悲しい事もあるし、今まで味わった事がないくらい怖い事もあるし、今まで味わった事がないくらい気まずい事もあるし、もちろん今まで味わった事がないくらい嬉しい事もある。どんな感情になればいいのか分からないなんて時もあったりする。どんな意味でもそれら全てを"良い思い出"とは言えなくて、良い思い出も悪い思い出もどんどん増えてく。それを無理やり悲観する必要も、無理やり"それで良いんだ"って思う必要もなくて。感じたままに感じればいい。それこそ酒の肴って意味では同じ事だしな。

 とりあえず今は悪いことでは無いと思ってる。あれもこれも折り合い付けれて良い思い出になってしまったらそれはそれで良くないんじゃねーの、って気持ち。まぁまた考え方が変わったらブログにして教えてくれ、楽しみにしてる。

 

 今まで人間関係って家族か友達か恋人かその他大勢しか知らなかったけど、言葉に出来ないだけでもっと色んな種類があるっぽい。家族も友達も恋人もしっくり来ないようなそれらを一纏めに言うと"不思議な関係"なのかな。(余談だけどoasisのwonderwallはこの不思議な関係の1つの表現方法だったりするのかな?)

 きっと誰とでもその人としか築けない関係があって、大きい意味でそれは友達だったり恋人だったりするのかもしれないけど、アイツとの"友達"って関係とコイツとの"友達"って関係は違うものだったりする。下手に友達とか恋人とかって言葉があるから、誰かと出会った時「この人と友達になりたい」とか、「この人と恋人になりたい」とかって思うけど、それってある意味で関係を制限してるんじゃないだろうか。その人としか築けない関係を築いていけばいい。リンダリンダの「愛じゃなくても恋じゃなくても君を離しはしない」って歌詞にもある通り、言葉に感情とか関係を制限される事はない。

 

 

 なんかゴチャゴチャ書いたけど自分でも「で、何が言いたいの?」ってなって困ってしまった。まぁ何でもいいか、チラシの裏だしな。

 とにかく、そんな訳でようやく、色んな関係の色んな人が周りに居てその中で生きているって事に気付けるようになった。これは数少ない俺の島根での成長。

 

 今日も色んな人の間で生きている。

 

 人間として生きている。